亡くなった母の介護に後悔ばかり残るあなたへ|罪悪感が感謝に変わるまで

「施設に入れたのは、わたしのわがままだったのかもしれない」

「もっと会いに行けたはず。もっとやさしくできたはず」

「最期に、そばにいてあげられなかった」

お母さんを見送ったあと、介護の日々を思い出すたびに、後悔ばかりが浮かんでくる。

仕事中もふと涙が出て、ごはんの味もわからない。まわりは「よくがんばったね」と言ってくれるのに、自分だけはそう思えない。

こんにちは、看護師でライフコーチ、ディマティーニメソッドのファシリテーターの愛原百麗です。
ドクター・ディマティーニ・メソッド トレインド・ファシリテーター 愛原百麗(看護師×ライフコーチ)
じつは、わたし自身もこの気持ちを経験しています。

2023年8月に義理の母を亡くし、「母の願いを叶えてあげられなかった」という罪悪感で、毎日泣いて過ごしていました。

この記事では、亡くなったお母さんの介護への後悔を抱えているあなたに、わたし自身の体験と、看護師として、ファシリテーターとしてお伝えできることを書いていきます。

後悔を無理に消そうとする記事ではありません。後悔の奥にあるものを、ゆっくり見ていくための記事です。

この記事では

・介護のあとに「後悔ばかり」が残る理由

・義母を施設に預けたわたしが、罪悪感から感謝にたどり着くまで

・看護師として伝えたい、心と体の受診のサイン

・後悔を「感謝」に変えていく見方(ディマティーニメソッドのC面)

・ひとりでできる3つのステップ

について解説します。

つらい記憶に触れる部分もあります。しんどくなったら、いつでも閉じて大丈夫ですからね。

無料PDFこの記事はワークシート付きです

記事の中でご紹介する『喪失感をほどく「失ったもの」と「今あるもの」ワークシート(母・義母との別れ編)』(PDF・A4/2枚)を、無料でダウンロードできます。印刷して、そのまま書き込めます。

ワークシートのダウンロードへ ▼

亡くなった母の介護に後悔ばかり残るのはあなただけではありません

やさしく語りかけるように微笑む看護師
「あのとき、ああしていれば」

介護を終えたご家族の多くが、同じ言葉を口にします。

介護のあとにこうした思いを抱えるのは、決してめずらしいことではありません。

後悔の形は、人によって少しずつ違います。

施設に入れたことへの後悔

「家に帰りたい」と言っていたのに、施設を選んでしまった。

足りなかったという後悔

もっと面会に行けた。もっと話を聞けた。イライラして、きつい言葉を言ってしまった。

最期に立ち会えなかった後悔

間に合わなかった。コロナ禍で面会できないまま、お別れになってしまった。

介護から逃げたという後悔

きょうだいに任せきりだった。遠くに住んでいて、ほとんど何もできなかった。

どれか一つでも当てはまるなら、まずお伝えしたいことがあります。

その後悔は、あなたが冷たい人だからではありません。

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なぜ介護のあとに「後悔ばかり」が残るのか

毛布の上で重ねられた母の手と娘の手
介護を終えたあと、うまくできたことよりも、できなかったことのほうが鮮明に思い出されます。

これには理由があります。

理由1:後悔は愛情の裏返しだから

どうでもいい相手のことで、人はここまで苦しみません。

「もっとしてあげたかった」という気持ちは、それだけ大切に思っていたということです。

後悔の大きさは、そのまま、あなたがお母さんに向けていた思いの大きさでもあります。

理由2:「できなかったこと」だけを数えているから

介護の日々には、できたこともたくさんあったはずです。

通院の付き添い、手続き、面会、洗濯物の入れ替え、電話での声かけ。

でも、亡くなったあとの心は、できなかった一場面を何度も再生して、できたことを数えなくなります。

片方の面だけを見続けているから、苦しさが終わらないのです。

理由3:「理想の介護」と比べてしまうから

「本当なら家で看取るべきだった」

「本当なら毎日会いに行くべきだった」

心の中に、どこにも存在しない「完璧な介護」があって、現実の自分をそれと比べてしまいます。

介護の仕事をしている人でも、自分の親のことになると、同じようにこの比べ方をしてしまうことがあります。「看護師なのに」「専門職なのに」と、かえって自分を責める方も少なくありません。

知識があっても、家族の介護は別もの。これは誰にでも起こる心の動きなのです。

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義母を施設に預けたわたしの体験

ここからは、わたし自身の話をさせてください。

義理の母は、家で過ごすことを望んでいました。

でも、わたしはその願いを受け入れることができず、施設で過ごしてもらう決断をしました。

ちょうどコロナ禍で、面会も思うようにはできませんでした。

そして2023年8月、義母は亡くなりました。

そのとき書き留めていた、わたしの言葉をそのまま載せます。

義理母を亡くした喪失感が感謝へと変わりました。
2023年のBTEでオンラインでDrディマティーニから直接セッションを受けることができました。
義理母は、2023年の8月に亡くなりました。

振り返ると、義理母の存在にずっと依存していたのです。
義理母は、家で過ごすことをのぞんでいたのですが、私自身がその願いを受け入れることができず
義理母を施設で過ごしてもらう決断をしたのです。
コロナ禍でもあり、面会がおもうようにできず、なくなったあとに
義理母の願いを叶えてあげられなくて罪悪感でいっぱいでした。
毎日泣いてばかりで、仕事にも集中できず、食欲も無くなり、
落胆をしました。

そんな気持ちをディマティーニのセッションをうけるまで世界が灰色に見えました。
ディマティーニのC面のセッションをうけて2時間したら、身体が震えるほどの感謝の涙がでました。

感謝とは単なるお礼ではなく、身体からわきあがる涙であり、世界の360度バランス、愛なんだとわかった瞬間でした。

オンラインでドクター・ディマティーニのセッションを受ける愛原百麗
BTE(ブレイクスルー・エクスペリエンス)は、ドクター・ディマティーニ本人が行うセミナーです。わたしはそこで、オンラインで直接セッションを受けることができました。

「願いを叶えてあげられなかった」

この一点だけを、わたしは毎日くり返し見ていました。

セッションで扱ったのは、義母を失って「寂しい」と感じていたことそのものです。義母がわたしにくれていたものが、いま、どこから、誰から届いているのか。ひとつひとつ見ていきました。

2時間ほどたったとき、身体の奥から、震えるような涙があふれてきました。悲しい涙ではなく、感謝の涙でした。

義母がいなくなったことで、何もかもが消えたわけではなかった。形を変えて、ちゃんと届いていた。

そのことが、頭ではなく身体でわかった瞬間でした。

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わたしがセッションを受けたドクター・ディマティーニについては、こちらで詳しく紹介しています。

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看護師として伝えたい心と体のサイン

大切な人を亡くしたあとの悲しみは、自然な心の反応です。

「何か月で落ち着く」という決まった期限もありません。何年たっても、ふとした瞬間に涙が出るのは、おかしなことではないのです。

ただ、看護師として、次のような状態が続いているときは、ひとりで抱えないでほしいと思っています。

・眠れない、夜中に何度も目が覚める

・食欲がなく、体重が減ってきた

・仕事や家事に集中できず、ミスが増えた

・何をしても楽しいと感じられない

・朝、起き上がるのがつらい

これらが2週間以上続いているとき、または日常生活を送るのがむずかしいと感じるときは、心療内科や精神科に相談してみてください。

わたし自身も、泣いてばかりで仕事に集中できず、食欲もなくなっていました。いま振り返ると、あれは心だけでなく、身体も助けを求めていたのだと思います。

受診は、弱さではありません。悲しみと向き合う力を取り戻すための、ひとつの手段です。

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無料ダウンロード

喪失感をほどく「失ったもの」と「今あるもの」ワークシート(母・義母との別れ編)(PDF・A4/2枚)

介護のあとの後悔がつらいときに。お母さんがくれていたものが、いまどんな形で届いているかを、ゆっくり書き出すシートです。印刷して書き込めます。

PDFをダウンロードする ›

※ディマティーニメソッドの考え方をもとにした、愛原百麗オリジナルのワークシートです(公式教材ではありません)。

後悔を「感謝」に変えていく見方

窓辺のテーブルに置かれた紅茶と古い家族写真、ノート
ここからは、ディマティーニメソッドの考え方をもとに、後悔を少しずつほどいていく見方をお伝えします。

見方1:「施設を選んだこと」にも両方の面がある

「施設に入れた」という出来事を、わたしたちはマイナスの面だけで見てしまいがちです。

でも、どんな出来事にも両方の面があります。

施設を選んだことで、守られたもの

・専門職が24時間見守ってくれる環境があった

・夜中の転倒や急変に、すぐ対応してもらえた

・あなたが仕事や自分の家族の生活を続けられた

・会うときに、疲れきった顔ではなく笑顔で向き合えた

もし家で介護を続けていたら、起きていたかもしれないこと

・睡眠不足が続き、あなた自身が倒れていたかもしれない

・余裕がなくなり、もっときつい言葉をぶつけていたかもしれない

・仕事を辞めざるをえず、生活が苦しくなっていたかもしれない

家で看ていても、きっと別の後悔が生まれていたはずです。

「もっと専門的なケアを受けさせてあげればよかった」と。

どちらを選んでも、完璧な道はなかったのです。あなたはその時点で、考えられるかぎりの選択をしてきました。

見方2:母がくれていたものは今どんな形で届いているか

ディマティーニメソッドのフォームには、A面・B面・C面があります。

A面は相手の好きなところ、B面は嫌いなところを扱います。そしてC面は「失った」「得た」という認識を扱う面です。

亡くなった人について、「失って寂しい」と感じている具体的なことを書き出します。

たとえば、

・「元気にしてる?」と電話をくれた

・わたしの好きな煮物を作ってくれた

・何があっても味方でいてくれた

そして、そのひとつひとつが、いま、どんな形で、誰から届いているかを探していきます。

気にかけてくれる友人。ごはんを作ってくれる家族。職場で味方になってくれる同僚。あるいは、母の口ぐせを、今度はあなた自身が子どもや誰かにかけているかもしれません。

身近な人からだけでなく、遠くにいる人から、動物から、自分自身から届いていることもあります。

失ったものと、形を変えて届いているもの。その両方が釣り合っていることに気づいたとき、「何もかもなくなった」という感覚がゆるんでいきます。

わたしの場合、これが身体が震えるほどの感謝の涙につながりました。

感じ方は人それぞれですし、同じ結果をお約束できるものではありません。それでも、後悔や喪失感だけで止まっていた心が動き出すきっかけになることを、わたしは自分の体験で知っています。

お客さまの声:HANさん(50代)

お母さまを亡くされて4年がたっていたHANさんが、セッションのあとに寄せてくださった言葉です。

今までインナーチャイルドの癒しを何度も行っていましたが、解消する事はなく、今まで過ごしていました。今回、DMを受けて、ほんわかとした気持ちになりました。母は亡くなって4年たっていますが、お母さんのあたたかさも感じることができました。

HANさん(50代)

※個人の感想です

HANさんは、ご主人を看取られたあとにもセッションを受けてくださり、「毎日が灰色にみえる」状態から、「今は、夫がいなくても私は幸せなのだと思えるようになったのです!」と言葉を寄せてくださいました(※個人の感想です)。

ほかの方の声は、ディマティーニメソッドのセッション体験談やお客さまの声でもご紹介しています。

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ひとりでできる3つのステップ

窓辺のテーブルでノートに記入する50代の女性
ここまで読んで、「少しやってみたい」と思えたら、ノートとペンを用意してください。

つらくなったら、途中でやめて大丈夫です。

ステップ1:後悔をひとつだけ具体的に書く

「親不孝だった」では大きすぎます。

場面がひとつ浮かぶくらい具体的に書きます。

✖ 母に何もしてあげられなかった

✔ 施設の入所日、「帰りたい」と言った母に、何も答えられずに帰ってきた

ステップ2:その選択で守られたものを書く

その出来事のおかげで、守られたもの・避けられたこと・得られたものを書きます。

あなた自身の健康、家族の生活、母が受けられた専門的なケア。

最初は出てこなくて当然です。後悔の数と同じくらいになるまで、ゆっくり探してみてください。

ステップ3:母がくれていたものの「今の届き先」を探す

母がいなくなって寂しいと感じることを、ひとつ書きます。

そして、それがいま誰から、どんな形で届いているかを、思いつくかぎり書き出します。

見つかるたびに、「ここにもあった」と、小さく確かめていきます。

ひとりでは、ステップ2と3で手が止まる方がとても多いです。後悔の面ばかりが強く見えて、反対側がなかなか見えないからです。

そこは、誰かと一緒に探したほうが見つかりやすいところです。

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いちばん大切なこと:つらさが限界のときは

ここは、看護師としてはっきりお伝えします。

「消えてしまいたい」「母のところへ行きたい」「後を追いたい」

そんな気持ちが浮かんでいるときは、ワークよりも先に、いますぐ誰かに話してください。

よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・無料)

こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556

いのちの電話(ナビダイヤル):0570-783-556

「#いのちSOS」:0120-061-338

そう感じてしまうほど、あなたはお母さんを大切に思ってきたのだと思います。

その気持ちを、ひとりで抱えなくていいのです。

また、この記事でご紹介したワークやセッションは、医療の代わりになるものではありません。心や体の不調が続いているときは、心療内科や精神科での治療を優先してくださいね。

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よくある質問

木製のクエスチョンマーク

Q. 親を施設に入れたのは親不孝だったのでしょうか?

いいえ。親不孝ではありません。

施設を選ぶのは、親の安全と、あなたの生活の両方を守るための選択です。

家で看ることだけが親孝行なのではありません。あなたが倒れずに、会いに行ける状態でいられたこと。それも立派な介護のかたちです。

Q. 最期に会えなかったことがどうしても許せません

コロナ禍をはじめ、どうしても立ち会えない事情はあります。わたし自身も、面会が思うようにできませんでした。

最期の瞬間にそばにいたかどうかで、それまでの関係の価値が決まるわけではありません。

それまでに積み重ねてきた時間のほうに、目を向けてみてください。書き出してみると、思っていたよりずっと多くの場面が出てくるはずです。

Q. 何年たっても涙が出ます。おかしいのでしょうか?

おかしくありません。

悲しみに決まった期限はありません。命日や季節の変わり目、母が好きだったものを見たときに涙が出るのは、自然なことです。

ただ、眠れない・食べられない・働けないといった状態が2週間以上続くときは、心療内科や精神科に相談してくださいね。

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後悔の奥にあったもの

義母を亡くしたあと、わたしの世界は灰色でした。

「願いを叶えてあげられなかった」という思いが、義母との時間のすべてを覆っていたのです。

でも、その後悔の奥にあったのは、義母への深い愛情と、義母からずっと受け取っていたものでした。

あなたの後悔も、きっと同じです。

後悔を無理に消す必要はありません。ただ、その反対側にあるものにも、少しずつ光を当ててみてほしいのです。

ひとりで見つけるのがむずかしいときは、わたしが一緒に探します。

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亡くなった母の介護への後悔のまとめ

  • 介護のあとに後悔ばかり残るのは、それだけ大切に思っていたから
  • 後悔が消えないのは、「できなかったこと」の面だけを見続けているから
  • 施設を選んだことにも、家で看ることにも、両方の面がある
  • C面では、母がくれていたものが今どんな形で届いているかを探していく
  • 眠れない・食べられない・働けない状態が2週間以上続くときは、心療内科・精神科へ
  • 「後を追いたい」と感じるときは、ワークより先に相談窓口へ

お母さんのことで、ずっと自分を責めてきたのなら。

それは、あなたが最後までお母さんを思い続けてきた証です。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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